今学ぶべき、ジョセフ・ピラティスの知られざる5つの哲学〜第2世代ティーチャー櫻井淳子さんに聞く

ピラティスをある程度続けている人であれば、「ピラティスの6つの原理原則」と呼ばれるものを一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。「6つの原理」とはすなわち、集中、中心、呼吸、コントロール、精度、流れの6つの要素のことだ。

ピラティスを実践する上で、この6つが重要であることは間違いないだろう。しかし、この「6つの原理」がピラティスメソッドの創始者であるジョセフ・ピラティスの教えだというのは、実は長年まことしやかに語られてきた誤解だという。

そう明かすのは、ピラティスメソッドジャパン代表の櫻井淳子さん。ピラティスの本場であるニューヨークやボルダー、フロリダなどで世界トップレベルの学びを続ける彼女は、世界で2人しかいないとされるジョセフ・ピラティスの直弟子の一人、ロリータ・サン・ミゲェルからも直接指導を受けた、正当な第2世代ピラティスティーチャーだ。

「6つの原理」がジョセフの死後に作られたものであるという事実も、ロリータとの対話の中で学んだことという。
では、生前のジョセフ・ピラティスが本当に大切にしていたのはどんなことだったのか。今回は、『Pilates World 2016』内で行われた櫻井さんのセッション「ピラティスの遺産〜ジョセフ・ピラティスの知られざる哲学と呼吸」の内容をレポートする。創始者の考えを正確に知ることは、ピラティスを正しく実践する上で、全ての人に役立つはずだ。

ジョセフ・ピラティスが大切にしていた5つの要素とは?

櫻井さんがロリータら先人から直接聞いたところによれば、ジョセフはピラティスメソッド(当然だが、ジョセフ本人はそれをピラティスとは呼ばず、コントロロジーと表現していた)の指導をするにあたり、次の5つのことを強調し、自ら実践していたという。

1)新鮮な空気

「ジョー(ジョセフのこと)は循環機能を改善し、身体をきれいにしてくれる呼吸を大切なものと位置付けていました。それは私たちが通常、呼吸と聞いて考える鼻と口から行うものだけでなく、皮膚呼吸も含めてです。完全に息を吐き切ること、それによって肺を完全に膨らませることの2つについて、よく触れていたそうです。きれいな空気を求めて、パンツ一丁で外をジョギングする姿がよく目撃されていたとか」

2)清潔であること

「さらに、ジョーは清潔であることを非常に大事に考えていました。生徒に対しては『たわしを使って身体を洗え』とさえ言っていたといいます。それが現代科学から見て正しいかはともかく(笑)、それくらい徹底していたということです。しかも、使うたわしは取っ手の付いていないものに限定されていました。なぜなら、取っ手のないたわしで全身をくまなく洗えるということは、それだけの柔軟性をキープできているということを意味しているからです」

3)バランス

「ピラティスでは一般的にもバランスの重要性が説かれますが、ジョーは単に身体のバランスが重要と言っていたのではありません。ジョーが重視していたのは、休息・仕事・遊びのバランスです。休息とは、自分が自分としてあるということですが、現代の人にはその要素が少ない気がします。仕事の大切さはあらためて触れる必要はないでしょうが、遊びも侮れません。ジョーは、自分の持っているエネルギーを動かす、そしてリフレッシュする上で、遊ぶことも仕事と同じくらい重要であると考えていたようです」

4)睡眠

「休息と似ていますが、ジョーは睡眠の質にもこだわっていました。そのこだわりは私たちの想像を超えたレベルです。通常、私たちが眠るベッドは平らですが、身体をV字に折り曲げて寝たほうが眠りの質が高まると考えたジョーは、自ら『V-beds』というV字型のベッドを開発したほどでした。ジョーがこの『V-beds』の上で寝返りを打つデモ映像は今でもYoutubeなどで見ることができます」

5)ローマは一日にして成らず

「ジョーは1883年に、ボクシングのチャンピオンでレンガ職人だった父と、自然療法家の母の間に、9人兄弟の2人目として生まれました。幼き日のジョーは兄弟の中でも特に身体が弱く、リウマチや喘息に悩まされたそうですが、だからこそ徹底的に身体を鍛え、14歳になる頃には解剖学のモデルを務めるまでになっていました。『ローマは1日にしてならず』という言葉をよく口にしていたように、努力することの意味を重視し、かつ自ら実践していた人だったようです」

重要なのは、スタジオを一歩出た後、どう振る舞うか

以上の5つの哲学を見ていくと、どれも生活そのものと深く結びついたものであることに気付かされる。「こうしたことが、お腹を引き上げるとか左右のバランスを取るとかいったこと以上に大切だとジョーは考えていた」と櫻井さんは言う。

ジョセフは、自らがコントロロジーと名付けたメソッドを、「マインドにより身体の完全なコントロールを得て、それを適切に繰り返しながら、バランスよく発達した身体を作り上げること」を目的とし、「最終的には無意識の活動全てと結び付き、人間が本来持っている身体のリズムや整合性を習得するようにプログラムされている」ものであると説明している。

こうしたジョセフ自身が定義づけたピラティスの目的を忠実に果たそうとするなら、スタジオに来てセッションをしている1時間でできることは限られている、と櫻井さんは強調する。

「身体をいかに形作るかは、むしろ残りの23時間に何をしているかに懸かっているでしょう。スタジオを一歩出た後、どう振る舞うか。そのための気付きを得ることこそがピラティスである、と言えるのではないでしょうか」

ピラティスは立ち止まらない

セッションでは他にも、ジョセフの人柄や哲学を伝えるさまざまなエピソードが紹介された。

例えば、ReformerやFoot Corrector、Toe Gizmoなど、ピラティスメソッドを実践する上で必要な機械を自ら発案し、設計してしまうジョセフの天才的な側面もその一つ。セッション後半の実践パートでは、やはりジョセフが発案したという呼吸ワーク用の器具「Breath-A Cizer」を参加者が実際に使う場面もあった。

自ら考案したメソッドを広め、世界中の人の生活をより良くすることを望んでいたジョセフ・ピラティスは、自らの夢を果たすことなく、1967年に83歳でこの世を去った。しかし彼の死から約50年が経ち、ピラティスメソッドは少しずつ形を変えながらも、世界中で実践されるまでになっている。

ピラティスメソッドの現状について、櫻井さんは次のように話す。

「クラシカル、コンテンポラリー、セラピーなどいくつかの分類があるように、ピラティスメソッドは確かに、ジョー自身が実践していた当時とは少し形を変えています。しかしジョーがもし今生きていたら、『それでいい』と言うはずです。(自分が教えていた当時の)そのままを守ってほしいと思っているとは考えられない。
生前、『なぜ(ピラティスメソッドを)やるのか?』と聞かれたジョーは必ず、『身体にいいから』と答えていたそうです。その目的を果たすためにもっといい方法があると分かれば、絶対にそれを取り入れていたでしょう。
だから私たちも、生涯にわたって学び続けなければならないのです」

時代が変われば最適な方法論も変わってくる。立ち止まっている必要はないのだ、と櫻井さんは強調する。

しかしそうであればこそ、ピラティスと「ピラティスらしきもの」とを分けるのがなんであるのかについても、意識し続けなければならない。それこそがジョセフ・ピラティスの哲学であるというのが、櫻井さんのメッセージだ。

text by Atsuo Suzuki