その呼吸、間違っていませんか?アスレチックトレーナー大貫崇さんが説く「パラドックス呼吸」の罠

昨年11月に開催されたPilates World 2016のメインテーマは「呼吸」だった。ピラティスやヨガにおいて呼吸が大切というのは誰もが理解しているはずだ。

そこでは「胸式」だとか「鼻から吸って口から吐く」だとかいったいくつかのルールを教えられる。しかしそれ以前に、私たちは生きている間じゅう、ずっと呼吸をし続けている。生まれてから呼吸の仕方について誰かに教わったという人はほとんどいないはずなのに。

MLBやNBAの下部リーグでも指導経験のあるアスレチックトレーナーの大貫崇さんは、そうした私たちが普段当たり前のこととして行っている呼吸の仕方が間違っている可能性があると指摘する。

「普通」の呼吸のどこに罠が隠されているのか。Pilates World 2016で行われた大貫氏のセッション「パラドックス呼吸とは?~本来あるべき呼吸を考える~」をレポートする。

なぜ呼吸はそれほどに大切なのか

セッションはまず、なぜ呼吸はそれほどに大切なのかを紐解くところから始まった。人の呼吸は平均すると1日2万回と言われる。もしもそれだけ頻繁に行う動きが全て間違ったやり方になっていて、それが身体に負担をかけていたとしたら、どうなるだろうか。大貫さんは参加者にそう問いかける。

「イメージしづらいのであれば、1日2万回の肩をすくめる運動を毎日続けていたら、肩がどうなるかを想像してみてください。とんでもないことになりますよね? それさえ正常化されれば、他に特別なことなどしなくても、身体の問題は解決するかもしれない」

トリガーポイントの源流となった研究で有名なチェコのカレル・レウィット博士は「呼吸が正常化されなければ動作も正常化されない」という言葉を残した。『アナトミートレインズ』の著者として知られるトーマス・マイヤースは「痛みや病気に対してただ単に薬を処方していた時代が終わり、21世紀は人の行動様式を変える方法を学ぶべきだ」と言った。これには呼吸も含まれると大貫さんは言う。

「仮にそり腰のせいで腰痛を抱えた人がピラティスに来たら、インストラクターはそり腰にならないようなエクササイズを考えるでしょう。その場では痛みは取れるかもしれません。でも、その人はすぐにまた同じ症状を発症します。なぜなら、ピラティスによって動作が改善されたとしても、呼吸が改善されないまま、再び日常を過ごすことになるからです」

大貫さんはかつて、MLBのアリゾナダイヤモンドバックスのマイナーリーグで仕事をしていた。ここでもチームは呼吸を重要視し、ウオーミングアップ前の準備やクールダウンに呼吸のエクササイズを取り入れていたという。

「シーズン当初はコンディションが良くても、選手はだんだんと疲れたり、怪我をしたり、ストレスを抱えたりして呼吸が乱れていきます。すると動作が乱れ、パフォーマンスが落ち、そして怪我をする。それはチームとしては契約したお金が無駄になることを意味します。それを防ぐために逆算し、日々の呼吸を大切にしているのです」

すでによく知られていることだが、呼吸は自律神経の働きを意識的にも無意識的にもコントロールできる唯一の器官でもある。野球ではマウンド上で深呼吸してから投げる投手が多いが、これも自律神経を制御し、落ち着いてから投げるため。逆に連戦で疲れているリリーフ投手は、小刻みに吸う動作を繰り返すことで、交感神経を優位にしてテンションを上げることもあるという。

「これは一部のアスリートにだけ言えることではありません。胸式、腹式、逆胸式など、巷には様々な呼吸法が出回っていますが、そうしたものに挑戦する前に、まずは『ただの呼吸』をちゃんとできるようになる必要があるということです」

「ちゃんと呼吸ができる」には横隔膜のリラックスが不可欠

では、「ちゃんと呼吸ができる」とはどういうことか。正しい呼吸の仕方(あるいは間違った呼吸の仕方に陥る訳)を学ぶのには、呼吸のメカニズムを知ることが助けになると大貫さんは言う。

セッションではこのメカニズムを理解するのに、(1)横隔膜と腹横筋の協調運動、(2)胸郭の”インナーマッスル”、(3)腹横筋と内腹斜筋で肋骨を”落とす”ーーの3つのポイントを挙げていた。ここでは主に(1)について紹介する。

横隔膜は「膜」という名前が付いているが、ドーム状になった筋肉である。この横隔膜がメインの呼吸筋になる。筋肉なので収縮したら短くなるし、弛緩したら長くなる。そして下は腰椎、上は肺とくっついているので、横隔膜の収縮・緊張と連動してこれらが動く。

ドーム=弧状のものが収縮して弦になれば、短くなった分、横隔膜は下がる。すると上についた肺が広がるから、空気が入る。つまり、息を吸った時は横隔膜は収縮し、吐いた時は弛緩する。このイメージを掴むことが重要と大貫さんは強調する。
「多くの人はここで間違えるんです。自分が指導していたマイナーリーグの選手も、ものすごく『頑張って』吐いていた。これはおかしいですよね? 本来吐いた時は弛緩しているはずですから。力を入れて吐いてしまうと、交感神経優位になって横隔膜の弛緩が難しくなります」

メインの呼吸筋である横隔膜が機能しない状態で、それでも呼吸しようとするとどうなるか。メインでない筋肉が無理やり動員されることになる。こうした間違った動きを1日2万回繰り返せば、身体に大きな負担が掛かってしまう。

腹横筋も横隔膜と連動して動いている。そして腹横筋は内腹斜筋という肋骨の縁部の骨にも付着している。「リブフレア」と呼ばれる肋骨が開いた状態が問題なのは、腹横筋と内腹斜筋が使えていないことを意味するからだ。

「この2つが機能しないということは、連動して動いている横隔膜が常に緊張状態にあるということになる。つまり、息が吐けなくなる。それでもなお吸おうとするから、やはり他の筋肉に無駄な負担をかけることになるんです」

以上のことから「ちゃんと吐ける」とは、ちゃんと横隔膜がリラックスできること、「ちゃんと吸う」とは、ちゃんと一度リラックスした横隔膜が緊張できることを意味している、と大貫さんは結論づける。

さらに言えば、横隔膜は大腰筋とも密接に付着している。そのため、リブフレアの状態にあると大腰筋まで引っ張られ、姿勢が悪くなる。ピラティスで腹横筋と内腹斜筋が強調されるのはそのためだ。

呼吸にはらむパラドックス=矛盾をどう見つければいい?

大貫さんによれば、いい呼吸をしていれば、胸郭も腹腔も同じように膨らみ、同じようにしぼむはずである。そして身体の前側だけでなく、横にも後ろにも360度膨らみ、しぼむのが理想だ。

しかし、前述したように少なくない人が横隔膜の弛緩が十分でないため、胸郭と腹腔がバラバラに動いていたりする。大貫さんはこれを指して「パラドックス呼吸」と呼んでいる。例えば、息を吸った時に腹部がしぼみ、胸郭が膨らむケース、逆に腹部は膨らむが胸郭がしぼむケースも、よくあるパラドックス呼吸だ。

パラドックス呼吸に陥っているかどうかは、仰向けに寝そべって呼吸をした時に、胸郭と腹部とが一斉に膨らみ、一斉にしぼんでいるかどうかをチェックすることで確認できる。セッションでは参加者が2人1組になってお互いの呼吸を観察したが、身体のスペシャリストであるはずのインストラクターや医療関係者でさえ、様々な形でパラドックス呼吸に陥っている例が見られた。

こうした症状を治すには、腹直筋を緩める、あるいは腹横筋や内腹斜筋を使って肋骨をしっかりと下げ、横隔膜を弛緩することが有効という。セッションではそのための基本呼吸エクササイズとして、(a)アンチパラドックス呼吸、(b)肋骨内旋呼吸、(c)IAP呼吸ーーの3つが紹介されていた。

他に、風船を膨らませることでZOA(Zone of Apposition。横隔膜のシリンダーのような動きと、肋骨の向いている方向やポジションの関係性を表したもの)を獲得し、腹腔内圧を高めるエクササイズも行った。これらの詳しい方法が知りたければ、大貫さんが代表を務めるPRIジャパンのサイトをあたるのがいいだろう。

大貫さんは言う。
「仮にピラティスなりヨガなりに週2回1時間のクラスに通ったとしても、月を通してできるのはたったの8時間程度。残りの時間を現代のストレス社会にどっぷり浸かって過ごすとしたら、ピラティスがいかに良いものであってもいたちごっこになってしまいます」

そのジレンマを解くカギこそが呼吸だ。まずは普段意識することなくしている「ただの呼吸」を見直すことから始めてみてはどうだろうか。

text by Atsuo Suzuki

大貫 崇(オオヌキ タカシ)さん

1980年神奈川県生まれ。桐蔭学園高校を卒業後、渡米。タウソン大学運動学部アスレティックトレーニング学科を卒業後、高校でヘッドアスレティックトレーナーとして働きながら2006年にフロリダ大学大学院で応用運動生理学の修士号を取得。その後MLBテキサスレンジャースのインターンとして働き、NBA D-Leagueのフォートワース・フライヤーズでヘッドアスレティックトレーナーとして勤務。理学療法クリニックにおいてアスレティックトレーナーとしてニューヨークやテキサスで計5年間勤務したのち、マイナーリーグアスレティックトレーナーとしてMLBアリゾナ・ダイアモンドバックスと契約。

2013年に帰国後は株式会社リーチに所属。高齢化社会において健康寿命を延ばすべくメディカルフィットネスジムでPRIを取り入れる傍ら、京都に投球ビデオ解析ができるラボを開設し、野球障害予防とコンディショニングに力を入れている。2016年1月にPRT(Postural Restoration Trained)の資格認定を受ける。