「Be Here Now」〜ヨガと仏教の世界的マスター2人が答える、マインドフルネスにまつわる6つの疑問

今話題のマインドフルネスとはどんなもので、それは私たちの生活にどのように役立つのか。この疑問に対する答えを明らかにするために、以前、一法庵の山下良道さんに、おもに仏教から見たマインドフルネスについてお話を伺った

一方で、マインドフルネスはヨガを構成する最も重要な要素でもあるが、ヨガが美容やダイエットの文脈でブームとして広まった結果、現代人の多くにとって身体的な運動にとどまってしまっているという現状もあるようだ。

こうした問題意識から、「マインドフルネスとは何か」を仏教とヨガの双方からのアプローチで正しく理解し、その効果を実感してもらうイベントが、9月16日に目黒不動尊で開かれた。

イベントでは、全米初のヨガスタジオチェーン「Yoga Works」の創始者であり、世界を旅しながらアシュタンガヨガの指導にあたっているチャック・ミラーさんと山下さんが講師を務め、マインドフルネスの概念を参加者と共有した。

今回は、講話(と質疑応答)の中で取り上げられた「6つの疑問」に2人の回答を紹介する形で、「マインドフルネスとは何か」に迫りたいと思う。
https://youtu.be/HdBi0sj-vQk プレビュー

Q1:ずばり、マインドフルネスとは何ですか?

山下:マインドフルネスとは、何かに「気付いている」状態のことです。

私たちは、肉体的には「今ここ」にいたとしても、心はここにあらずということがよくあります。そういう状態にある時に心に思い浮かべているのは、決まって過去にあった嫌な出来事や、将来に対する不安といったネガティブなことです。全ての問題は私たちの心が創り出している。人はそれゆえに、苦しむことになるのです。

問題を解決するためには、まず心の扱い方を学ぶ必要があります。これが我々の出発点です。

苦しみから逃れるには、心を「今ここ」へと引き戻すしかない。そして心を「今ここ」へと戻すためには、自分の呼吸や身体の状態、感情に「気付く」ことが助けになります。マインドフルネス、つまり「気付いている」ことが重要なのはそのためです。

ミラー:誰しも子供の頃に、親に呼ばれているのにそのことにも気付かないくらい何かに集中した経験をお持ちだと思います。そうした状態こそがマインドフルネスと呼ばれるものです。

誰もが経験しているくらいだから、本来それは自然な状態であるはずです。しかし、私たちは常にそういう状態にあるわけではありません。なぜなら、私たちのマインドがあるパターンにしたがって習慣的に動き回ることで、私たちが自然であることを邪魔しているからです。

そうしたマインドのパターンから自由になって「今ここ」にあるためには、まずそうした動きをするマインドの存在そのものに「気付く」ことが第一歩です。そのために呼吸や身体の状態を観察するというのが、本来のヨガの目的です。

Q2:仏教における瞑想やヨガでは、どうやってマインドフルな状態に入っていくのですか?

山下:方法はいくつかありますが、私のよく行う瞑想には、身体の「微細な感覚」に気付くというものが一つあります。

微細な感覚を感じ取るためには、心が鎮まっている必要があります。心が激しく走り回っている時、私たちは荒っぽい感覚しか感じ取ることができません。

このことを逆に利用するのです。微細な感覚を捉えようと身体に意識を向けることが暴れまわっている心を鎮め、「今ここ」という場所に戻ることを助けます。

ミラー:アシュタンガヨガにはさまざまなポーズがあり、ポーズは感覚の荒いものから繊細なものへと進んでいきます。それらを実践することで得られる身体の印象を通じて、自分を観察するツールを身に付けていくのがヨガです。

しかし多くの人は、ポーズをとることがあくまで感覚を得るための過程であることを忘れてしまいがちです。そして、難しいポーズをとること自体が目的になってしまったり、人と比べてしまったりします。それでは、ヨガ本来の目的を果たして、マインドフルな状態に入ることはできません。

Q3:普段生活する中では、嫌だけどやらなければならないことがたくさんあります。そうした辛いことを乗り切るために「ポジティブであろうとする」のは間違っていますか?

ミラー:ヨガとは自分を観察するツールだと言いました。それを続けていくと深い自分というものに行き着きますが、そこにはポジティブとネガティブといったように2つの自分がいるわけではありません。本当の自分は一つ。この本当の自分に従えば、自然と人生は整っていきます。

ヨガの練習をしている時にすでにその感覚に触れているのなら、それを人生においても続けていくということです。

山下:「ポジティブであろうとする」ということは、そこにはネガティブとポジティブの2つがあるということです。でも、深い自分=Deeper Selfとは本来、対立のない場所。だからネガティブをポジティブに変えるという方向性とは違います。

チャックさんがおっしゃっているのは、ヨガの実践を通じてポジティブ/ネガティブを超えたものにどれだけ触れられるか、そこで受けた影響を日常生活にどれだけもたらせられるかが重要ということです。私もそう思います。

Q4:瞑想をしていて、ありのままの自分を見ているのか、それとも自分がなりたい自分を見ているのかが分からなくなることがあります。どう判断したらよいでしょうか?

ミラー:そうした迷いがあるのは、まだ深い自分まで入りきっていないからではないでしょうか。私もヨガを始めたばかりの頃に似たような探索がありましたが、より深く入っていくと、どちらが良いかではなく、その真ん中にあるようなユニバーサルな真実へと近づいていきます。

皆さんが普段行う呼吸もそうでしょう。「吸う」のと「吐く」ののどちらがベストかという話ではない。どちらも大切なのです。人生にはそういう状況がたくさんあります。

山下:「あるがままの自分かどうか」なんて、考えても分かるわけがないですよ。そういうことを考えている時点で、あるがままには見ていないのです。

「あるがままにある」というのは、シンキング・マインド(暴れ回る心の働き)が全て落ちた後の話です。その先には、そういう疑問自体が起こらないのです。

Q5:お2人の話を聞いて、ヨガにおいてマインドが重要なのは分かりました。それではなぜ、アシュタンガヨガのポーズはどんどん難しいことを要求していくのでしょうか?

ミラー:何度も言うように、ヨガの目的は自分を鏡のように見られるようになることです。アシュタンガには確かに無限に難しいポーズがあります。ですが、どれだけ必要かは人によるのです。

すごくいい生徒であれば、ポーズは一つあれば十分かもしれない。しかし人によっては基本のポーズでは学びを得られないから、よりチャレンジングなポーズまでいって、無視できなくなるまで自分を見つめる必要があるのです。

難しいポーズを行うことは、自分を見るための鏡を大きくしてくれます。そうすることで、微細な状況をより観察しやすくするということです。

Q6:バランスを崩すと自然と地面に手をつくように、人間の身体は非常によくできています。であるならば、すぐに過去や未来へと飛んでいってしまうマインドの動きにも何か利点があるのではないですか?

 

ミラー:確かにマインドはいつも過去や未来へと動き回っています。でも、それがマインドの仕事なんです。問題は私たちがそれに捕まってしまって、それが全てになってしまうことにあります。

例えば、人間は砂糖が好きですが、そうして砂糖を多く摂ることで、自分の健康を害してしまうということが起こります。マインドが作り出す幻影に囚われてしまって、物事を正しく見ることができなくなっているのです。

私たちはフィルターごしの世界を見ています。ですから、フィルターの外し方を学ぶ必要があるのです。

ヨガには面白いたとえがあります。私たちは5頭の馬に引っ張られた馬車に乗っているというものです。5頭の馬は五感を表しており、それらを操作する御者がマインドや意識です。馬を好きな方向へ行かせるのか、それともコントロールするのかは御者次第です。

コントロールして真実を見つける方向へと導く方法を学ぶためにあるのが、ヨガであり、マインドフルネストレーニングです。そうすることで初めて、私たちはより健康的なものを選ぶことができるようになるのです。